廃線跡の旅、鉄路の旅

名松線の未成線区間、夢が途絶えたその痕跡

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名松線の名前の由来

近鉄電車なら特急で約36分、急行でも約37分の所要時間で結ばれている三重県の名張-松阪間。
近鉄電車がこの区間を開通する以前、別ルートで松阪駅から名張駅を結ぶ計画がありました。
現在のJR名松線です。路線名は名張と松阪の頭文字からつけられました。
1929年(昭和4年)8月25日:松阪駅 – 権現前駅間が開業、
名張を目指し、徐々に延伸されますが、
1930年(昭和5年)、近鉄の前身となる参宮急行電鉄が青山峠にトンネルを開削し
榛原- 佐田(現・榊原温泉口)が開業、
名張と松阪が約50kmの直線ルートで結ばれることになります。

名張駅までの延伸計画断念

名松線は1935年(昭和10年)、伊勢奥津駅間まで延伸されましたが、
雲出川に沿う紆曲した路線のため、その時点で松阪駅-伊勢奥津間が43.5kmとなり、
このまま名張まで延伸したとしても全長70kmをゆうに超えることになります。
また、線形も悪くスピードも出せないため、名張と松阪を結ぶという名松線を断念することとなりました。

終着駅「伊勢奥津駅」

途中駅のはずだった伊勢奥津駅は、終着駅の貫禄が漂っています。

伊勢奥津駅
伊勢奥津駅

駅構内には蒸気機関車時代の給水塔が残っています。

伊勢奥津駅

名松線が名張まで開通しなかった謎

駅舎内には「名松線が名張まで開通しなかった謎」が説明されていました。

「松阪駅-家城駅間が先に開業しましたが、家城駅-伊勢奥津駅間は急勾配と急曲線がネックで工事着手が進みませんでした。そのため、伊勢奥津駅-名張駅間を予定線に格下げすることで予算を削減し、家城駅-伊勢奥津駅間の工事を開始。松阪駅-伊勢奥津駅間が1935年に全通しました。」とのことです。

名松線の未成線区間を行く

名松線未成線の予定されていた国道422号線に沿って進んでみました。

国道369号線と国道422号線のT字路に「道の駅 伊勢本街道 御杖」があります。

御杖は「みつえ」と読み、この部分だけ微妙に奈良県になります。

道の駅には、日帰り温泉やお土産物屋、お食事処もあり、休憩するにはちょうどいいスポットです。おそらく名松線が通っていたなら「御杖駅」ができていたのではないでしょうか。

道の駅 伊勢本街道 御杖

国道422号線は名張川沿いに続きます。

美杉町太郎生という町に入ります。JR名松線伊勢奥津駅からはバスで約20分、近鉄大阪線名張駅からはバスで約50分。名松線が通っていたなら、きっと便利だったことでしょう。

太郎生郵便局付近に「太郎生駅」ができていたのでは?と勝手に予想します。

太郎生郵便局

国道422号線沿いには風光明媚な景色が広がっています。

謎の空間スペースが名松線の痕跡

この先、建設された痕跡は全くないのでしょうか。

実は、名張駅近くに存在しています。

名張-桔梗が丘間の近鉄大阪線高架下に謎の空間スペースがあります。

名松線と近鉄大阪線の交差予定地点に設けられたスペースです。

名松線の名張駅は近鉄の名張駅より約2km西側に予定されていました。そのため、近鉄大阪線の高架をくぐる必要があったのです。

今では、道路と歩道として活用されています。

今後、名松線の延伸の可能性はあるのでしょうか。

実は、延伸どころか廃止が危ぶまれています。

1982年8月、台風10号により名松線が大きな被害を受けました。
その時にバス転換し、廃線の話もありましたが、
地元の反対運動などにより今に至っております。

豊かな自然の中をのんびり走る列車。

ぜひとも残してほしいローカル線のひとつです。

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