廃線跡の旅、鉄路の旅

蹴上インクライン廃線レール跡〜南禅寺水路閣〜哲学の道…びわ湖疎水沿いを巡る京都観光の定番コース

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びわ湖疎水って何!?

京都市の水道水のほとんどは滋賀県のびわ湖の水です。

明治維新の東京遷都により、“京都”が衰退をすることを心配した京都市はお隣、滋賀県の大きな水瓶“びわ湖”を利用して上下水道の整備、水車動力、舟運による産業の活性化を考えました。

日本最大の湖“びわ湖”から京都へと水をひく大偉業、それが「びわ湖疎水」工事でした。

明治時代に入り、「びわ湖疎水」工事がはじまると、当初は計画なかった「水力発電」案が急浮上し、発電所が作られることになりました。

難工事でしたが、完成後には水力発電を利用した路面電車や工場が京都の町を活気づけます。
特に路面電車は日本初、世界でも2番目の電気鉄道として大きな注目を浴びました。
現在、路面電車は廃止となりましたが、京都の発展に大きな役割を果たしました。

それでは、「びわ湖疎水」を学びながら、京都の歴史スポットを巡る旅をご案内しましょう。

ねじりまんぽ

出発は、地下鉄東西線「蹴上駅」。出口を出てすぐ、北側の三条通り沿いにレンガ造りのトンネルがあります。

ねじりまんぽ

レンガをらせん状に積むことで強度を高めるという手法がとられ「ねじりまんぽ」と呼ばれています。レンガの重なりが機能美を作り出しています。

蹴上インクライン

「ねじりまんぽ」を通り抜け、緩やかな坂を登り「ねじりまんぽ」の上側へと向かいます。

おや!?鉄道の廃線跡らしき景色が…?

このレールが「蹴上インクライン」廃線跡です。

インクラインとは、舟運の不得意とする大きな高低差を解消するため、疏水の一区間に建設された傾斜鉄道です。
台車に舟を載せ、電力によって運転されました。

1940年(昭和15年)頃のインクライン(Wikipediaより)


鉄道輸送などの発達により舟運の利用が減少したため、1948年(昭和23年)に運行を休止、1960年(昭和35年)に完全稼動休止となります。

現在は国の史跡として整備され、春には沿線の桜並木が花を咲かせる観光名所となっています。

琵琶湖疏水記念館

蹴上インクラインを下った先にある「琵琶湖疏水記念館」。この施設でびわ湖疏水を勉強しましょう!
入園料はなんと無料!しかし館内の充実さは目を見張るものばかりです。
最新のプロジェクションマッピングを見れば、びわ湖疏水の工事の様子や規模などがひと目でわかります。

また、当時の様子を再現した模型は、水が与えた京都の豊かな暮らしがひと目でわかります。
建設に携わった方々の紹介コーナーでは、琵琶湖疏水にかけた熱い思いが伝わってきます。

館内からテラスへ出ると疏水が目の前に現れ、憩いのスペースとなっています。

南禅寺水路閣

琵琶湖疏水記念館から徒歩10分。

京都観光では外せない名所、南禅寺に到着。
この境内には琵琶湖疏水が通っています。
「びわ湖疎水」の一部の水路閣です。
景観に配慮して造られたため、まわりの風景に溶け込み神聖な空間を作り出しています。
ドラマのロケ地などにも使用され、最近ではインスタ映えスポットとしても脚光を浴びています。

永観堂(禅林寺)

南禅寺から北へ歩くと永観堂(禅林寺)。壮大な紅葉の美しさで有名な観光名所です。

永観堂(AC写真より)

そのユニークな姿から「みかえり阿弥陀」と呼ばれている阿弥陀如来像も拝観することができます。まるで語りかけられているような「みかえり阿弥陀」の姿に心が癒されます。

哲学の道

南禅寺から地中を流れてきた「びわ湖疎水」は熊野若王子神社付近で顔を出します。「びわ湖疎水」に沿う散歩道が有名な「哲学の道」。

哲学の道(AC写真より)

 

20世紀初期の哲学者、京都大学教授 西田幾太郎氏が、この道を思想に耽り歩いていたことから「哲学の道」と名付けられました。春は桜、秋は紅葉の名所として知られています。

蹴上インクライン廃線レール跡〜南禅寺水路閣〜哲学の道…びわ湖疎水に沿って巡る京都観光は定番の観光コースです。先人たちの京都復興への思いにより完成されたびわ湖疏水。その偉業を感じながら散策すれば、新たな京都の一面を見ることができます。

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