北海道繁栄の礎となった手宮線
ずっと訪れたいと思っていた廃線が、北海道・小樽にありました。北海道の廃線と聞くと、広大な荒野にひっそりと佇む寂れた線路をイメージしがち。ですが、小樽の手宮線は、北海道屈指の観光地「小樽」の街中にあり、JRの駅からもすぐという、まさに「都会の廃線」と呼べる場所です。
この手宮線は、実は北海道初の鉄道である官営幌内鉄道の一部として、1880年(明治13年)11月28日に開通した歴史を持ちます。その最も重要な使命は、内陸の幌内(三笠市)にある炭鉱から掘り出された石炭を、港湾都市である小樽へ運び出すことでした。


石炭輸送の大動脈として活躍した手宮線は、その後、1906年(明治39年)の国有化を経て、南小樽駅と手宮駅を結ぶ支線として分離されました。小樽から国内外へと送り出された石炭は、日本の近代産業の勃興を力強く支えるエネルギー源となります。
この鉄道とともに、小樽の街も飛躍的な発展を遂げます。明治中期、北海道への移民が本格化するのに伴い、小樽は道内の人口を支える生活物資の供給基地として機能しました。海岸沿いには、物流を担う石造りの倉庫が並び、卸商や金融機関が軒を連ね、空前の好景気が出現したようです。小樽は、北の玄関口として、そのエネルギーと富で溢れていたのです。
しかし、時代の流れは非情でした。エネルギー革命により主役が石油へと移ると、炭鉱は次々と閉山。それに伴い、手宮線の石炭輸送は激減し、トラックなどの自動車輸送が主流になっていきます。すでに1962年(昭和37年)5月には旅客営業を終えていた手宮線は、ついに1985年(昭和60年)11月に貨物営業も廃止され、100年以上の歴史に幕を閉じました。
その役割を終えた線路跡は、今では線路が残されたままの遊歩道として整備され、小樽の街並みに溶け込んでいます。
歴史の轍を歩く:手宮線散策記

小樽駅に降り立つとまず目に入ったのが石原裕次郎さんの等身大パネルでした。駅の4番ホームは、裕次郎ホームと呼ばれており1978年に撮影されたドラマで彼がこのホームに立ったことに由来して名付けられました。
かつては、この街には彼の熱心なファンが多く訪れる「石原裕次郎記念館」もありましたが、惜しまれつつ2017年8月31日に閉館しています。しかし、その記憶とともに、裕次郎さんのロマンは小樽の街に深く息づいています。
裕次郎パネルに出迎えられながら小樽駅を出ると、小樽三角市場を横目に中央通りを東へ向かいました。誘惑の多い三角市場。美味しそうな魚介や海鮮丼の店が並ぶその楽しみは、廃線散策の後に取っておくことにします。

歩いてほどなく、一本の単線の線路に出会いました。これが手宮線の廃線跡です(1943年<昭和18年>までは複線でした)。線路は完璧な保存状態で残っており、ここから線路を伝って歩くことができます。文化庁による日本遺産「炭鉄港」に認定されているだけのことはあります。
線路沿いを手宮公園方面に向かって歩を進めます。
私が訪れたのは冬だったため、日当たりの悪い場所では雪が大量に残っている箇所がありました。その雪の塊は、まるで家の2階ほどの高さにも見えます。迂回すべきか迷いましたが、「登ってみるのも一興」と思い立ち、ちょっとした雪山登り気分で斜面を駆け上りました。雪山の上から見下ろす廃線もまた、風情があるものです。
手宮公園に近づくにつれ、線路はどんどん分岐し始め、かつての貨物ターミナルの雰囲気が色濃く現れます。

この手宮公園には、現在、小樽市総合博物館(旧・鉄道記念館)があり、北海道の鉄道の歴史を伝えています。

博物館の構内を走る「アイアンホース号」(Porter 4514)は、北海道で現存する最古の動態保存蒸気機関車です。かつてはアメリカや中米のグアテマラ共和国で、農産物の輸送や観光鉄道として活躍してきました。

この蒸気機関車は、平成8年(1996年)から小樽市総合博物館で動態保存され、来館者の前で実際に走行する姿を見ることができます。軌間(レール幅)は914mmという狭軌で、これはアメリカの狭軌鉄道に採用されている規格です。日本国内では非常に珍しい規格であり、走行区間には専用のレールが敷設されています。
小樽市総合博物館を楽しんだ後は再び小樽駅方面へ。出発地点の中央大通り付近に戻ると、今度は逆方向へと向かいました。

日銀通りの手前には、かつての色内(いろない)駅跡があります。これは1962年(昭和37年)の旅客営業廃止に伴い廃止された駅で、現在は駅舎を模した休憩所となっています。

整備された遊歩道は寿司屋通りまで続いています。寿司屋通りはその名の通り、お寿司屋さんが20軒ほど並ぶ通りです(最盛期には100軒ほどあったとか)。


観光地に溶け込んだ廃線跡は、駅にも近く、美味しい食の誘惑にもあふれています。ここは、単なる廃線跡ではなく、有名な小樽運河と同様に、北海道の歴史を築いた貴重な産業遺産なのです。
小樽運河やレトロな街並みを巡る際には、ぜひこの「手宮線廃線跡」を歩いて、古き良き小樽のロマンに触れてみてください。
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