阪急上筒井駅からはじまった阪急神戸線の夢、神戸市営地下鉄との相互運転計画は実現する?

上筒井駅までだった当時の阪急神戸線

阪急神戸線の歴史は1920年(大正9年)にはじまります。
阪急電車の前身となる阪神急行電鉄が十三駅 – 神戸駅(のちの上筒井駅)間を開業しました。
国鉄の大阪駅 – 三ノ宮駅間51分、阪神の同60分より早い50分の所要時間を売りにしていましたが
阪神急行電鉄の神戸駅は市街地と少し離れた上筒井通りにありました。

「原田の森」(兵庫県菟原郡原田村、現在の神戸市灘区王子町・原田通)と呼ばれる関西学院大の前身・関西学院があった場所の近くです。

上筒井駅跡
上筒井駅跡
兵庫県福祉センター

上筒井駅は兵庫県福祉センターのあたりにあったようです。

なぜ、こんな中途半端なところに?

三宮へ向かうにはここから瀧道停留場 – 上筒井停留場間を結んでいた神戸市電布引線(ぬのびきせん)に乗り換えなければなりませんでした。
阪神急行電鉄は予算の関係でどうしても高架で三宮まで延伸したかったのですが、神戸市は高架による市街が分断されることを認めませんでした。

神戸市は地下化を主張していたため、なかなか阪神急行電鉄の三宮乗り入れが進まず暫定的にこの場所を神戸駅として開業したのでした。

阪急神戸線、高架化で三宮へ

同時期に、地上を走っていた阪神本線も神戸市から要望を受け、地下化へと変更します。
東海道本線も同じ要望を受けましたが、こちらは費用の関係で地下化を受け入れず、高架化へと変更します。
これを受け、阪神急行も高架化を主張し、ようやく神戸市の認定を受け、高架での三宮乗り入れを達成します。
神戸線開業から16年後の1936年(昭和11年)のことでした。

阪急神戸線の高架(王子公園〜春日野道駅)

上筒井線誕生からわずか4年で

高架線は西灘駅(現在の王子公園駅)から分岐し、神戸駅(現在の神戸三宮駅)へと向かいます。
そこで問題となったのはそれまで終着駅として利用されていた神戸駅。
神戸駅は上筒井駅と名前を変え、西灘駅から上筒井駅間の線路は上筒井線とし営業します。
この区間が廃線にならなかったのは神戸市電との乗り換えのためだと思われますが
利用客は少なく、1940年(昭和15年)5月20日に廃止となります。
その半年後に神戸市電が延伸し、西灘駅のそばに原田電停が開設されることとなりました。

上筒井線の痕跡

わずか20年間利用されていた西灘駅から上筒井駅間の痕跡が王子公園駅近くの橋梁跡に見られます。

上筒井線痕跡

阪急神戸線より分岐された線路も残っており、後の阪神・淡路大震災直後の区間運転の車両の搬入に利用されました。

高架化で悲願の三宮乗り入れを成功しましたが、近年になり神戸三宮駅と王子公園駅間を地下化し、神戸市営地下鉄との相互乗り入れ計画が検討されました。しかし、費用対効果が見られないとの予測により検討は終了されています。
当初から地下化にしておけば、神戸市営地下鉄との乗り入れがすばやく実現していたかもしれませんね。