桑名電軌の廃線跡とユニークな踏切!鉄道ネタの宝庫「桑名」

東海道五十三次の宿場町「桑名宿」。
お隣の宿場町「宮宿」からは東海道唯一の海路「七里の渡し」で結ばれていたため、
宿場町は船着場近くの揖斐川沿いに栄えていました。

七里の渡し

明治時代に入ると、鉄道が桑名の街を通ることになります。
しかし、1894年(明治27年)、大阪側から延伸されてきた関西鉄道(現在の関西本線)は桑名の宿場町を大きく外れた西に約1kmほど離れた場所に「桑名駅」として開業します。

当時の桑名駅周辺は農村地帯でしたが、1914年(大正3年)に北勢鉄道大山田駅(現・三岐鉄道北勢線西桑名駅)、1919年(大正8年)に養老鉄道桑名駅が開業。

新しい市街地となった桑名駅周辺と旧市街地を結ぶ「八間通」が整備され
1927年(昭和2年)「八間通」には「桑名電軌」という路面電車が開通します。

「桑名電軌」開通の2年後には伊勢電鉄(現・近鉄名古屋線)が桑名駅に乗り入れるなどし、桑名駅周辺が新しい市街地として賑わうようになります。

桑名駅と旧市街を結ぶわずか1kmの路線が「駅前線」として沿線と共に大きく栄えます。

現在は暗渠となっていますが、旭橋が架けられていた場所に「旭橋停留所」がありました。このあたりも賑わっていたようです。今でも「旭橋停留所」跡から続く「寺町通り商店街」は賑やかな通りです。「寺町通り商店街」入り口近くには旭橋の欄干が残されています。


「桑名電軌」は、この「駅前線」を軸に路線拡大を視野に入れていましたが、
国道1号線が開通し乗合自動車(バス)の普及により、乗客が減少します。

「八間通」と国道1号線との交差地点に設けられた「国道停留所」付近です。

その後、「桑名電軌」は不要不急線となり、1944年(昭和19年)に廃止となります。

「桑名電軌」は廃止となりましたが関西本線をはじめ、近鉄名古屋線、三岐鉄道北勢線、養老鉄道養老線などが集まり交通の要所として栄えています。

そんな桑名にユニークな踏切があります。「西桑名第2号踏切道」です。

標準軌(1,435mm)の近鉄名古屋線、狭軌(1,067mm)のJR関西本線、ナローゲージ(762mm)の三岐鉄道北勢線という3種類の線路幅が並ぶ珍しい踏切です。

いろいろな鉄道が集まる桑名ならではの光景です。