「びわこ京阪奈線フリーキップ」の意味に驚き!?夢の路線図や駅…広がる大構想
ハイジ
北大阪急行電鉄延伸区間が地下から高架へと変わる理由?
大阪万博アクセス線として誕生した北大阪急行電鉄 1970年の大阪万博開園に向け建設された北大阪急行電鉄。大阪市の大動脈である大阪メトロ御堂筋線との相互直通運転が行われているため、大変便利な路線となっています。 初乗り運賃も100円(2021...
南薩鉄道記念館で鹿児島交通鉄道部門の当時の繁栄ぶりを感じよう!
薩摩半島の交通網を築いた南薩鉄道 薩摩半島を網羅していた鉄道、南薩鉄道は枕崎線、知覧線、万世線の3路線を所有していました。この3路線はすべて廃線となっています。1962年(昭和37年)にまず廃線となったのが万世線。加世田駅と薩摩万世駅の2....
大隈線廃線跡の歴史に触れる鹿屋市鉄道記念館
大隈線廃線跡から望む桜島 大隅線は志布志駅から日豊本線の国分駅の約100kmを結んでいた路線です。車窓には錦江湾が広がり、雄大な桜島を眺めながらの旅は観光客を楽しませてくれました。1987年(昭和62年)3月14日に廃止となった廃線跡は、道...
廃線跡の活用好事例!門司港の「北九州銀行レトロライン」
北九州銀行レトロラインは貨物線の廃線跡 門司港駅から外浜駅へと結んでいた鹿児島本線貨物支線、そして北九州市が保有していた田野浦公共臨港鉄道の廃線跡を利用して誕生した平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線。現在は北九州銀行がネーミングライツを取得し「...
矢部線廃線跡が「バルビゾンの道」と呼ばれる理由は坂本繁二郎氏?
羽犬塚駅から黒木駅を結んでいた矢部線 福岡県筑後市の「羽犬塚駅」から八女市黒木町の「黒木駅」を結んでいた矢部線。矢部線はその名の通り、さらに東にある矢部村を目指していました。また、将来的にはその東の大分県日田市中津江村の鯛生、宮原線の肥後小...
〈勝田線廃線跡〉志免駅跡の鉄道公園を見下ろす旧志免鉱業所竪坑櫓
石炭全盛期の輸送を担った「勝田線」 福岡県福岡市博多区の吉塚駅から糟屋(かすや)郡宇美町の筑前勝田駅を結んでいた勝田線。九州北部には多くの炭田があり、糟屋(かすや)炭田もその一つでした。日本の近代工業化の重要なエネルギーとして石炭が重要な役...
阪堺電車廃線跡「住吉公園駅」の今は?変わりゆく大阪唯一の路面電車
大阪唯一の路面電車「阪堺電気軌道」 大阪市と堺市で路面電車を運行している阪堺電気軌道。恵美須町 - 浜寺駅前を結ぶ阪堺線、天王寺駅前 - 住吉を結ぶ上町線の2路線を保有しています。料金は1回の乗車が220円、しかも住吉・我孫子道停留場での乗...
小房線廃線跡 吉野鉄道から近鉄へ…大きく変化した橿原市の鉄道網
橿原神宮周辺鉄道網の歴史 大阪より路線を拡大していた大阪鉄道。1893年(明治26年)に高田駅 - 桜井駅間延伸により奈良県橿原市に「畝傍駅」が誕生しました。「畝傍駅」はその後、関西鉄道に買収され、1907年(明治40年)に国有化されます。...
商店街に廃線跡!?千林商店街、そしてグランシャトー前の京阪電車旧線路敷
野江の七曲りから直線ルートへ 1910年(明治43年)に天満橋 -五条間が開業させた「京阪電気鉄道株式会社」。開業当時は併用軌道やカーブが多い線形で蒲生(現・京橋駅)から守口(現・守口市駅)間は通称「野江の七曲り」と呼ばれていました。「野江...
大喜橋(だいきばし)は大阪電気軌道(大軌)四条畷線の名残
幻の大軌四条畷線 近畿日本鉄道の前身である大阪電気軌道(大軌)は鉄道空白地帯だった天満橋筋四丁目から石切方面への鉄道を計画していました。これを四条畷線(未成線)と言います。当時「蒲生」駅と呼ばれていた京阪の京橋駅より京阪に乗り入れ天満橋方面...