阪神武庫川線の廃線跡 西ノ宮駅〜武庫大橋駅〜武庫川駅

阪神武庫川線

現在の武庫川団地となっている場所にかつて、工場や川西航空機(現・新明和工業)鳴尾製作所などがありました。
従業員の通勤や資材輸送のために、阪神の武庫川駅と接続する路線(武庫川 – 洲先間)が1943年(昭和18年)に建設されました。
1944年(昭和19年)8月17日、阪神国道線の武庫大橋へと延伸されます。

阪神国道線とは大阪市の野田駅から神戸市の東神戸駅までを結んでいた路線。
現在の国道2号線を併用軌道で走る路面電車でした。

阪神国道線「武庫大橋駅」


武庫大橋の上の尼崎側の端に武庫大橋駅がありました。
そして、西宮側には阪神武庫線の武庫川大橋駅がありました。
しかし乗り換えるには200mの徒歩連絡が必要でした。

武庫大橋駅跡付近

西ノ宮駅と武庫大橋駅がつながる

その後西ノ宮駅(現・西宮駅)からの線路が国鉄貨車の乗り入れのため武庫大橋駅につながり、
西ノ宮駅(現・西宮駅)から洲先までの貨物輸送が可能になります。
国鉄貨車の規格に合わせるために西ノ宮駅-武庫大橋間のみ狭軌で建設されました。
武庫大橋より先は阪神との共用のため三線軌条化となります。

西ノ宮 – 武庫川間の廃止

1946年(昭和21年)に武庫大橋 – 洲先間の旅客営業が一時休止した後、
1948年(昭和23年)に武庫川 – 洲先間のみ旅客営業を再開されました。
武庫大橋 – 武庫川間の旅客営業は休止のままでしたが、
西ノ宮 – 洲先間の貨物線が1958年(昭和33年)の休止を経て
1970年(昭和45年)に廃止となります。


そして、休止中の武庫大橋 – 武庫川間が1985年(昭和60年)に廃止となります。

武庫大橋 – 武庫川間の線路と踏切は残されたままです。

当時、洲先駅は現在の武庫川団地前駅のあたりでした。
洲先駅は一時営業休止となりますが、1948年(昭和23年)の運転再開時に現在の位置に移動され、
1984年(昭和59年)に武庫川線が武庫川団地前駅まで延伸されます。

武庫川団地前駅

武庫川線の東には、出屋敷から東浜までを結んでいた阪神尼崎海岸線、
西側には上甲子園 – 浜甲子園、中津浜を結ぶ阪神甲子園線があり、
これらを結ぶ今津出屋敷線の計画がありました。
今津出屋敷線は未成線となり、武庫川線は盲腸線となっています。