大きな水族館や観覧車のある大阪ベイエリアは、今や大阪の人気レジャースポットです。2025年に夢洲で開幕される関西万博に向けて、新線も計画されるなど、ますます活気づいている様子。しかし、一昔前は、鉄道貨物線が隅々まで行き渡り、貨物列車が行き交うなど、現在の姿からは想像できないエリアでした。その廃線跡の痕跡をまとめてみましたので、どうぞご覧ください。
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①大阪北港駅
「安治川口駅」から分岐し北へ向かう北港貨物線は、桜島線の支線として開業されました。そのターミナルとして機能していた「大阪北港駅」。1943年(昭和18年)開業、1982年(昭和57年)安治川口駅の側線扱いとなり、1985年(昭和60年)に営業終了となりました。営業時は、貨物ヤードが広がっていましたが、現在は道路などに転用されています。大阪市の西の果てのイメージもすっかり変わり、すぐ南側にユニバーサルスタジオジャパン(USJ)があり、西側は舞洲や夢洲などの人工島へと続く橋が架けられています。
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②桜島駅からさらに西側に延びていた専用線
現在は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のアクセス線として利用されている桜島線ですが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)開業前後で大きく経路が変化しています。変更前は、「桜島駅」西側に専用線が敷設されていて、「桜島駅」は貨物拠点として機能していました。
今後、桜島線は「桜島駅」より西側に向け、舞洲・夢洲へと繋がる延伸計画もあるようです。
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③大阪東港駅
安治川内港の整備に伴い、大阪臨港線が「浪速駅」からさらに延伸。大阪東港線として1956年(昭和31年)に「大阪東港駅」まで開業されました。しかしその後、鉄道から自動車への貨物輸送への切り替わりが徐々に行われ、1986年(昭和61年)に廃止となりました。
④大阪東港線
頭上の阪神高速とともに、緩やかなカーブが大阪東港線の廃線跡の痕跡を表しています。
⑤大阪港駅
海遊館や天保山大観覧車、天保山マーケットプレースなどレジャースポットが立ち並ぶ一帯にも、貨物線が通っていました。関西本線「今宮駅」から分岐していた関西本線貨物支線(大阪臨港線)は、1928年(昭和3年)に「大阪港駅」まで開業します。「大阪港駅」は天保山大観覧車の北側付近にありました。
⑥旧住友倉庫群
大阪臨港線廃線跡を挟んで両側に建つ赤レンガ倉庫。現在はクラシックカーのミュージアムとなっています。
赤煉瓦倉庫の上部に井桁(いげた)マークの跡があります。住友のロゴですね。
横浜の赤レンガ倉庫に匹敵する美しさ。クラシックカーのレトロ感がぴったりとマッチしています。
その南側の難波津橋には大阪臨港線の橋台が残っています。
⑦天保山運河に架けられていた昇開橋
日和橋付近に残る架線柱。大阪臨港線は非電化でしたので、これは可動橋のためのものだったと思われます。
こんな巨大な可動橋が架けられていました。昇開橋という種類の橋で、船が通る際は橋桁全体を上昇させていました。
⑧浪速駅
「浪速駅」は大阪臨港線の中心として機能する駅でした。1928年(昭和3年)大阪臨港線の開業とともに開設。2006年(平成18年)に廃止されるまで、約70年弱ほど利用されてきました。
現在は、佐川急便系列会社などの敷地として利用されています。「浪速駅」の案内看板が残されています。
⑨三十間堀川橋
貴重な廃線跡を示す三十三間堀川に架けられた三十間堀川橋。残念なことに2019年〜2020年の間に撤去されたようです。
大阪ベイアエリアの発展とともに、廃線跡は徐々に撤去されているようです。生まれ変わる街の姿を眺めゆくのは楽しみでもり、寂しくもありますね。