読者様へご報告

ついに夢が形になりました!
皆様の応援が結実した『都会の廃線跡 探究読本』 (河出書房新社)10月17日発売です!
いつも応援してくださる読者様へ、心より感謝申し上げます。

この度、皆様の「この路線の跡地が見たい」
「廃線の歴史をもっと知りたい」というコメントが背中を押してくださり、全国を巡って取材を続けた渾身の書籍『都会の廃線跡』が10月17日に発売となります。
皆様の応援がなければ、たどり着くことはできませんでした。
本当にありがとうございます。

この本は、ブログで紹介してきた廃線跡から都会の廃線をピックアップしたものです。未公開路線も掲載し、書籍でしか実現できない価値に凝縮しました。

ぜひこのリンクからご予約いただき、著者としての一歩を応援していただけると幸いです。

真岡鐵道真岡線「茂木駅」から続く長倉線未成線跡と謎の工場引込線

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真岡鐵道の真岡線は、「SLもおか」が走る路線として有名です。茨城県の下館駅(筑西市)から栃木県の茂木駅(芳賀郡茂木町)を結んでいます。
実は、この終点である茂木駅のさらに先に、かつて計画された未成線があるのをご存じでしょうか。その名も長倉線。
長倉(現在の茂木町長倉地区)はタバコの産地として知られ、鉄道の敷設は沿線住民の長年の願いでした。
昭和初期、財政難(世界恐慌と昭和不況)で着工は延期されますが、1937年(昭和12年)4月に工事再開。茂木から長倉までの約12kmの工事が着手されました。
その後、1940年(昭和15年)には中川村(現在の河井地区)までの約6kmの区間が竣工に至りました。

しかし、1941年(昭和16年)12月8日の太平洋戦争勃発により工事は中断。「不要不急」と判断されたこの路線は、二度と工事が再開されることはありませんでした。

栃木が誇る漫才師・U字工事さんの番組でこの「長倉線」の存在を知り、改めて茂木を訪れてみました。

茂木駅の先には、かつて築堤や橋台などが残っていましたが、現在はそれらも撤去され、すっかり平地に戻っています。

キロポストが設置されており、散策の際の歩いた距離の目安となっています。

わかりやすい案内板の設置が嬉しい。

県道27号線をオーバークロスする未成線(後郷ガード)。

茂木駅から5.6km付近です。

列車はもう来ることはずなのに、令和になって下野中川駅が完成されました。長倉線に対する地域の想いが伝わってきます。

また茂木駅の西側には東京芝浦電気工場の地下工場跡があります。高射砲の砲身を作るための施設(奥行き50m)でした。旋盤機を運ぶための引き込み線も敷設されていましたが、完成する前に終戦となりました。なんと長倉線のトンネルを使用した関連施設もあったそうです。

東京芝浦電気工場跡

地域の想い届かず、ここまで建設されていながらも、完成することがなかった長倉線。もし完成していれば、また違った未来があったかもしれませんね。

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