亀の瀬トンネルと廃線跡見学で解く、関西本線の不可解ルートの謎

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関西本線の不可解なルートの謎

関西本線「王寺駅」を大阪方面に出発した列車は大和川の北岸を走ります。しかし「三郷駅」を過ぎると、橋を渡り大和川の南岸へと移動します。そして再び大和川を渡ると北岸へに移動し「河内堅上駅」へと向かいます。

大和川の北岸と南岸を行ったり来たり…??

「三郷駅」-「河内堅上駅」間に架けられた2箇所の橋梁は一見、無意味に思えますが、それには深い理由がありました。

国土地理院地図より編集

この区間に鉄道が開業したのは、1892年(明治25年)。

大阪-奈良を結ぶ鉄道が大阪鉄道によって敷設されました。
難工事となった亀の瀬と呼ばれるこの辺りでした。

亀の瀬の地盤は、粘土などの滑りやすい層とその下にある水を通しにくい硬い層できています。その間に大量の水が入り込む度に、上の層がすべり、古代より地すべりを繰り返しました。

鉄道を通すために、この区間に亀の瀬トンネルを掘削することとなりました。工事中にも地すべりが発生。工事は完成したもののトンネルのレンガには亀裂ができ、すでに崩壊の恐れがありました。

大阪鉄道の国有化後、北側に新たに複線用のトンネルが開業します。

国土地理院地図より編集

1931年(昭和6年)年11月に起きた大規模な地滑のため、亀の瀬トンネル内に亀裂と隆起が発生します。
補強工事が行われるも、変形が進み通行不能となります。

翌年、関西本線は運転を中止。その3日後にトンネルは崩壊し、土に埋もれてしまいました。

この地滑り被害の有様を一目見ようと見物客が1日2万人も訪れます。災害を逆手に取った野天カフェなども開業し、皮肉な地すべり見学ブームとなりました。

その間に鉄道の復旧が行われます。亀の瀬トンネルを挟んだ西側に「亀ノ瀬西口駅」・東側に「亀ノ瀬東口駅」という仮駅が設置され、両駅間が徒歩連絡となります。

鉄道復旧は、検討の結果、亀の瀬トンネルを放棄。不安定な地盤を避けるため、大和川を2回渡るルートが決定されました。大和川南岸の明神山にトンネルを開削されることになります。

亀の瀬トンネル崩落後、わずか1年弱で関西本線は全通します。

大和川を2回渡る現在のルートが完成したのは、こういった理由があったからでした。

関西本線旧線廃線跡

三郷駅

それでは、「三郷駅」より旧ルートの廃線跡を辿ってみましょう。

「三郷駅」の開業は1980年(昭和55年)。旧ルート時代にはまだ開業していませんでした。

三郷駅

関西本線は鉄橋で大和川を渡ります。

旧ルートの廃線跡は大和川を渡らず、新ルートと分岐し、大和川北岸を進みます。

廃線跡は三郷町水道部 下水道課に続きます。

大和川を南岸に渡り、国道25号線を進み、再び大和川北岸へ。亀の瀬地すべり資料室に到着します。ここが旧線廃線跡のクライマックス。

亀の瀬地すべり資料室

2008年(平成20年)、亀の瀬地すべり対策のための排水トンネル工事の掘削中に、亀の瀬トンネルの一部がほぼ当時の原形をとどめた状態で発見されました。

現在、その亀の瀬トンネルを見学することができるのです!

亀の瀬地すべり資料室にて亀の瀬トンネル見学の申し込みを行います。

亀の瀬地すべり資料室
亀の瀬トンネル見学方法

日曜日・祝日の試験開館について
(予約不要 午前 10:00~12:00 午後 13:00~ 最終受付:14:30 閉館:15:00)
日曜日・祝日は予約不要で、見学できます。

平日の見学について
(要予約 午前 9:30~12:00  午後 13:00~16:30)

平日は「予約制」となっておりますので、申込書をDL後、必要事項を記載して送付願いします。

まず、亀の瀬地すべり資料室の中へ。亀の瀬トンネル開業時の貴重なレールや、パネルなどを見ながら、亀の瀬トンネルについてしっかり予習しておきます。

発見された大阪鉄道時代のレール

亀の瀬地すべり資料室を出て、坂を下ること数分。待望の亀の瀬トンネルへと向かいます。

亀の瀬トンネル

トンネル上部の黒い部分は、蒸気機関車から吐き出された煙による煤の跡です。蒸気機関車が通っていたアカシがそのまま残されていることに感動します。

亀の瀬トンネル

幻想的なレンガ造りのトンネルの中を進みます。しばらく歩くとその先は、行き止まり。

亀の瀬トンネル

レンガが崩れ土砂が流れてきた当時の痕跡がそのまま残されています。

亀の瀬トンネル
亀の瀬トンネル
河内堅上駅へ

亀の瀬トンネル見学を終えた後は、再び外へ。西側を望むと廃線跡が続きます。

「河内堅上駅」方面へと進みます。写真左側の家屋が廃線跡です。

現在の関西本線が見えてきました。この付近で現ルートと旧ルートが合流します。

「河内堅上駅」に到着です。

河内堅上駅

亀の瀬の地滑りに翻弄された関西本線。その苦難の歴史を伝える貴重な鉄道遺構を見ることができました。それも地元の方や関係者の方々のおかげです。

大阪や奈良の安全も守る亀の瀬地滑り対策

昭和初期の大規模な地すべり後は、杭の打ち込みや水の抜き取り工事が50年間続けられ、今では安心して暮らせる地域となりました。

また亀の瀬の災害は、この地域だけの問題ではありません。亀の瀬の地すべりで土砂が大和川に流入すれば、奈良盆地に水が溜まり、亀の瀬でせき止められた土砂が決壊すれば大阪平野が水没する恐れがあります。

亀の瀬の災害を防ぐことは、大和川上流の奈良盆地や下流の大阪平野から水害を守る大きな役割も果たしていたのでした。

すべり面より下の固い地層まで巨大な杭を打ち、土をせきとめる「深礎工(しんそこう)」

関西本線の廃線跡を辿ることで、災害と向き合ってきた亀の瀬の深い歴史も知ることができました。